垂れ流し

 いつの頃からだろう、毎晩夢を見るようになった。この10年とは言わないのではないか。何をネタにそんなに夢ばかり見れるのだろうと思うが、見てしまうのだから仕方がない。ただ、今のところ悪夢と仕事の夢だけは見ないから救われているのかも知れない。別に夢を深く研究?追求する気もないから、毎晩ドラマの垂れ流しなのだが、昨夜の夢は、今こうして考えても現実、あるいは記憶との区別が判断しづらい。 数人が集まって話をしているうちに、ある女性が昔その町に行ったことがあると言い始めた。その町の名前を聞いて僕も行ったことがあると答えた。実はその町は、今の薬局を建て直すときに、都市部に出ていこうかどうか迷い何度も足を運んで環境などを調べた町なのだ。都市部で僕の力を試したかったのもあるが、子供達が受験を迎えることも頭にあった。都市部の高校に入学するためだけに、嘗ての僕のように郡部に与えられた特別枠を競うような過酷な受験勉強を子供達には強いらせたくなかったのだ。  その女性が1枚の写真を取りだした。見せてくれたのは、雪が沢山積もった町並みを背景に、まるで卒業写真のように沢山の人達が台の上に収まっている写真だ。なんとその中に僕の姿を見つけた。ああ、やはりその町に僕は住んでいたのだと思った。そのうち数枚の写真も見せてくれた。それにはその町での僕の薬局が写っていた。ああ、色々あったなあと回顧しているうちにドラマが終わった。  実現しなかった過去が、何かのきっかけで実現していたかもしれない過去が、夢の中で忽然と現れた。何十年前の記憶になったかも知れない光景が、夢の中で現実になった。現存しないところで現実になった。この混乱は今の時間まで残っている。  夢の中での現実が、当時実現しなかったことで失ったものは恐らく何もないと思う。寧ろ実現しなくて良かったと思われることばかりだ。子供達は、1年だけ真面目に受験勉強してそこそこの高校に行けたし、薬局には都市部から困っている人が逆に来てくれるようになった。のどかな町は、ゆっくりとした時間と、悪意のない人達を与えてくれ、戦いのモードで生きがちな僕に優しいブレーキを掛けてくれる。もし、昨夜の夢の中のように都市部で生活していたら、まるで曲芸師のように交感神経の綱の上を揺れながら渡っていただろう。