お願い

 病気でまっすぐ歩けないから、入り口のドアにぶつかったり、カウンターにぶつかったり、椅子につまづきそうになる女性は、主人の代わりに処方箋を持って入ってくる。喋るのも旨くしゃべれないから、聞き取りにくいし、財布からお金を出したりおつりをしまったりするのもかなり不自由だ。別に立て込む薬局ではないからじっと待っているのだが、主人は運転席から降りても来ない。処方箋を受け取るたびに心が痛む。出ていって奥さんをいたわってと言いたいが、処方箋といういわば公のものに関わっている瞬間だからぐっと感情を抑えている。それがOTCや漢方薬だったら全部自分の責任だから、薬を出すことを断るのだが、処方箋調剤はお医者さんの下請けみたいなものだから感情を表に出すことは出来ない。なかなか不便なものだと思いながら薬剤師という肩書きになりきる。普段はその肩書きは似合わないし、極めて自然体で皆さんに接しているから楽しいのだが、よそ行きは疲れるしストレスがたまりすぎる。  僕なら新幹線以外では行けないところから若い夫婦がやってきてくれた。都会の医院や薬局にかかっていてらちがあかずに訪ねてきてくれたのだろうが、向こうはどうか知らないが僕には全く最初から垣根はなかった。連絡があって数日のうちに訪ねて来れる身の軽さにまず感心した。2時間くらい一緒に過ごしたがとても楽しかった。薬を作っているときの二人の笑い声が印象的だった。「お血」だ「血虚」だと難しい単語を前の薬局で聞いて知っていたが僕は難しい話は出来ないから、岡山弁丸出しで、笑いでごまかした。漢方用語を覚えてもらうより、1回でも大きな声で笑ってもらった方が良く治る。田舎から出ていっているであろう奥さんの隠せない訛りとご主人の柔和さが、僕の思考力をむち打つ。遠くから来て頂いた分、大きな土産を持って帰ってもらいたい。薬局で聞こえた楽しそうな笑い声の何倍も大きな笑い声を持って帰って欲しい。  同じ夫婦でも天地の差だ。別にべたべたしなくていいが、せめてクールないたわりくらいは見せて欲しい。奥ゆかしい日本人だから、外国人のようにとってつけたことは出来ないが、せめて危険から奥さんを守るくらいはして欲しい。所詮「犬も食わぬ」かもしれないが、命には代えれない。  病院ほどでもないが、小さな薬局の中にも様々な人間模様が繰り広げられる。