優勝

 先月とその前の月、偶然だが、二人の超便秘の人を応対した。二人とも見たことがないので、どこの人かわからない。ただ、二人ともコーラックを指名して買いに来たので遠くの人ではないだろう。いつもの癖で、何となく飲み方を尋ねてみた。驚くなかれ、二人とも毎晩10錠飲んでいるらしい。常用量が2錠だから5倍飲んでいることになる。20代と30代だと思うが、二人とももう10年以上飲んでいるらしい。本来なら便秘すれば飲む薬だから毎晩飲む必要はない。ところが便秘に対する恐怖心が強すぎるのか、飲まずにはおれないらしい。あんな痙攣薬を飲むと絞り出すだろうと思うから、それで気持ちいいのかどうか尋ねたら、案の定、水みたいなお通じらしい。それはそうだろう。本来ゆっくり大腸で水分を再吸収され立派なウンチに育つのだが、早送りしているから、まだウンチにはなれない状態のまま出すことになる。おまけに絞り出すものだから、お腹は痙攣して痛い。  これだけ話を聞いてコーラックを出すのは薬剤師としては気が引けるから、今のような話をし、腸を痙攣ばかりさせると近い将来一番いやな病気になるよと脅かした。無料にしてあげてもいいから少し漢方薬を持って帰って、1錠ずつコーラックを減らす努力をしたらと言うと、二人とも漢方薬も持って帰った。ところが結局二人とも数日たっても来なかった。くらいついてきてくれれば、せめて常用量まで落とすように出来ると思うがわずか5日で脱落したのだろう。今頃は、言うがまま薬が手にはいるところで手に入れ、毎朝水みたいな便を出しているのだろう。手っ取り早いの魅力には勝てないのか。  僕は様子を見るために敢えて5日分しか渡さなかったのだが、彼女らにとってみれば効かない薬だったのかもしれない。10年以上前に誰かがちょっと話しておけば違う選択肢もあり得たのだろうが、中毒のようになってからでは、やる気も失せるのだろう。時々折に触れて今頃どうしているのだろうと思い出す。  それに比べて今日ほぼ完治して薬のやめ方を相談した大阪のおばちゃんは、過敏性腸症候群を治すにも、関西人独特のノリがあった。60才過ぎて発症したのだと思うが、流動食しか食べられなかった。落ち込んで寂しそうだった。しかし、元気な頃への未練が治す希望にも繋がっていた。あの年齢でどうして僕を見つけることが出来たのだろうといつも不思議に思いながら電話で話をした。他の人と同じように過敏性腸症候群は治りにくくて難しいものと勝手に思いこんでいたが、僕はおばちゃんのどうしても治したいと言う気持ちが十分伝わってきていずれ克服できる人だと思っていた。それを確信したのは、1ヶ月、いやもう少し前の電話の時、落ち込んだ低い声で話していたのに、突然「やった、入ったわ、入った、入った」と大きな声で、それこそ僕との会話を勝手に中断して叫んだのだ。さっきまでの落ち込んだ声はどこに行ったのと言うような声だった。何のことはない、野球中継を見ながら僕と話していたらしく、阪神の誰かがホームランを打って大喜びしたのだ。このノリさえあれば、この元気さえ戻れば、お腹なんて治ったも同然だ。以来どんどん食べたいものを食べ、下痢をしたり、ボコボコお腹が鳴ることもなくなった。好きなことが以前のように何でも出来るようになっている。  心配な出来事がある度に落ち込んだ低い声で電話をしてきたが、今となっては本当に良かったなあと思う。元気が溢れそうな人があんなに気弱に暮らすのを見るのは忍びない。優勝を阪神は逃がしたが、大阪のおばちゃんはお腹に勝った。甲子園に負けないホームランをおばちゃんは打った。