精一杯

「授業中に、居眠りをしてハッとして目を覚ますことが多くなって・・・」こんな言葉が聞ける人ではない。嘗て学校は彼女にとっては戦場で、教室の中はさながら拷問室だったはずだ。一瞬たりとも気が抜けず、いつもお尻に力を入れて、おならを漏らさないようにするだけで必死だったはずだ。だから夢をあきらめてフリーターになった。ちゃんとした夢があったのに。好きな科目もあり、職業に生かせれたのに。  彼女が何気なく語ったフレーズを僕は巻き戻した。すっと通り過ぎていきそうな言葉だったが何か違和感を感じたのだ。今まで聞いたことがない言葉だというのがどこかに引っかかったのだろう。「授業中に居眠りをしているの?」僕は確認せずにはおれなかった。「本当はいけないんですけど、課題が多くて睡眠が足りないんです」恐らく徹夜していても彼女なら授業中に眠ったりしないだろう。羞恥心を司る脳だけはフル活動するはずだ。そんな彼女がまるで無防備な状態になれるなんて。質問したのは授業に集中しない彼女をとがめるためではない。嬉しいのだ。単純に嬉しいのだ。他人の目が恐ろしくて青春を捨てていた人が、自分自身のペースを取り戻しつつあることが。「最近は、友達の家にも泊まることが出来るようになっているんですよ」とも教えてくれた。なんだそんなに良くなっているのかと再度喜ばせてもらった。  いつからそんなに子供達が他人の目を気にして生きるようになったのか分からないが、気にしている他人の評価が、嘗てとは違うような気がする。迷惑さえかけなければいいなどと単純なものではないらしい。僕らの時代は、いやな奴とは関わりを持たねばそれですんだ。そんな遠くの存在の人間の評価などどうでもよかった。逆に友人の距離にある人間は、全てを許してくれた、いやいや弱点こそを好いてくれた。飾らなくて良い距離の人間にも気を使い、疲れ果てているのが現代っ子の距離感のような気がする。  昨日僕は、かなりの、それこそ滅多にいない高名な人格者に、「ちゃらんぽらんでいいの」と言われた。その人は、人々を笑いの中に引き込んで、それでもなお深く心に響く言葉を一杯残してくれた。偶然話をする機会を得たので日常のことを話したらその様な助言を下さった。何かすっと肩の荷が下りたような気がした。いい加減に精一杯。僕のスタンスはこれしかないと思った。似合わないことはしなくていいし、出来もしない。緻密も大胆も、どちらも備えてはいない僕は、笑いながら精一杯。