笑顔

 黒塗りのタクシーが薬局の前に着く。どんな人が降りてくるのかと思ったら、骨粗鬆症で背が縮み小さくなったおばあさん。足がかなり衰えていて、歩幅は小さくゆっくりとしか歩けない。僕は調剤室から見ていたのでおばあさんからは姿が見えなかったのだろう。小さな声で「ごめん下さい」を2度繰り返した。欲しいものを言われたがすぐには理解できずに、確認しあいながら目的のものを手に入れてもらった。ソファーに腰を降ろしていたが、レジを打つと、立ち上がりレジの所まで来た。わずかそれだけのことでも、おばあさんにはたいへんな作業なのだ。僕がソファーの所まで行くからいいと言っても、律儀にあちらから来る。財布からお金を取り出すのも時間がかかる。僕は一連の動作を見ていて涙が出そうになった。僕の勘では、恐らく老夫婦だけで暮らしているのだろう、いやもしかしたら1人住まいかもしれない。買い物に出る足がなく、仕方なくタクシーを頼んでいるに違いない。質素な普段着のまま、わずかのものを買うにも高いタクシー代を払ってやってくる。80才はゆうに回っているだろうと推測できるが、生きるってことは、生きぬくってことはたいへんなものだと思わずにはおれなかった。  僕に出来ることはとびっきりの笑顔だけ。おばあさんが今日出会う中で一番良い笑顔をすること。いやいや、今週中で、今月中で一番良い笑顔をすること。