カニ

 最近、アトピーの相談でくるようになった親子がいる。幼い男の子2人をお母さんが連れてくる。気取ったところが無くとても正直なお母さんだ。ドライでもなくウエットでもなく、程々なのがいい。  昨日来たときに丁度カニが薬局の中を這った。海の近くだから時々迷い込んでくる。それを見つけたお母さんはさすがに驚いていたが、上のお兄ちゃんが「爪がとれている、かわいそう」とすぐに言った。それからカニの後を追いかけながらずっと見守っていた。以前から、何かしら幸せ感が漂ってくる家族だなと感じていたが、その子の目が、傷を負ったカニにむけられたことで、僕の想像があたっていることを実感した。アトピーというハンディーを負っているが、その何倍もの優しい心をいただいていると思った。  それとは全く逆の光景を数年前に見て、今でも忘れられない。  幼稚園くらいの孫を、あるおじいさんが買い物に連れてきた。ドリンク剤を定期的に買いに来るおじいさんに付いてきたのだ。おじいさんは、この町では有名な株好きで、いつも相場をラヂオで聞いていた。まるで若者のようにいつもイヤホーンを耳に当てていた。おじいさんがストッカーの前に立っているとき、偶然1匹の大きなアリが入ってきた。僕と3人が丁度入り口にいるような感じになっていた。最初おじいさんがアリを見つけて「大きなアリだな」と言った。するとすかさずその幼い孫が、靴で踏んづけたのだ。あっという間の出来事だった。さすがのおじいさんも慌てて、その行為を注意していたが、僕は背筋が凍るような感じがした。無表情でとっさに生き物を殺す行為がその幼さからは想像が出来なかったから。  そんなことがあった半年後、その子の父親が蒸発した。公の職場で株ばかりして損を出し、町にいられなくなったと噂に聞いた。祖父、父親と2代に渡って、不労所得を追求している姿が、孫の心に影響を及ぼしたのかどうか分からない。ラジオの向こう側の数字の上がり下がりに一喜一憂していたその姿が、幼い子への愛情を欠如させたのかどうか分からない。ただ、小さな、それこそ踏みつければひとたまりもない生き物にたいして何の感情を持たない能面は、持って生まれたものとは思えない。  出来れば、前者のお母さんのように育てて欲しい。アトピーだからと言って、やたら制限していないのがいい。身体も心も、制限せずに、おおらかに育てて欲しい。他人にも、幸せ感を分けてあげれるような今の家族のままでいてほしい。