集中力

 ある女性が、漢方薬を持って帰った数日後電話をしてきた。今度の薬は色が白くて量が少ないと。車で20分くらいの隣町の人だが、わざわざ持ってきてくれた。不思議なこともあるものだと思って調べてみると、明らかに色が白くて量が半分くらいだ。同じクスリを作り治そうとして気が付いた。それこそ当然加えなければならない黒色の薬を加えていなかったのだ。材料を並べてみてすぐ分かった。その方の薬を作ったとき、薬局が混み合って急いで作ったのでもない。牛窓を見学してくると、愛犬を連れて薬局を出ていったから、ゆっくりと作ったはずなのだが。集中力を切らしていたのだろうか。まさに僕の手落ち。  その方は、とてもいい笑顔で入ってきた。初対面の時以降はいつも自然な笑顔をしている。わざわざ無駄足を踏まされたのだから僕を責めればいいのに、そんな感じは微塵もない。こちらに非があるのに、話していて楽しい。偶然娘が朝買ってきていたワッフルとコーヒーでおもてなしが出来たが、この町で薬局をやってきたおかげを感じる一瞬だった。 特別僕が人間が好きで、おしゃべり上手でもない。こんな僕でも、自然体で人と接することが出来るたおやかな空気に町全体が包まれているのだ。昨年まで娘が働いていた京都府久美浜も同じように、人の良い人達ばかりだったと娘が感想を述べていた。偶然かもしれないが、どちらの町も「日本のエーゲ海」を標榜している。  何かの縁で、未熟な僕でも役に立てることがある。学者でもカリスマでもない、寧ろその逆の田舎の薬局に良く来てくれると思う。だからこそ人一倍役に立ちたいが、混ぜものを忘れるようでは心許ない。忘れたいこと、忘れなければならないことはいっぱいあるのに、忘れてはいけないことだけ忘れている。