カタログ

 最近はお祝い返しに商品カタログを頂くことが多い。大きな頂き物を持って帰る必要もないし、不用のものを頂いて迷惑がる必要もないので重宝しているのだろう。最終的には物に変わるものなので、どこかで決断して注文しなければならない。ところが我が家には数冊の未注文のカタログが無造作に置かれている。パラパラと捲ってみるが、見栄え良く配置された商品群を見ても、触手は動かされない。まさに平面的な薄っぺらな印象しか持てない。食べ物にしても、調度品にしても、食器にしても、装飾品にしても、綺麗すぎて訴えてこない。ましてそのほとんどが今問題の国の産だから、後に引いてしまう。  不用のものはないのが贅沢だ。物より空間が欲しい。2メートル四方、何もないのより3メートル四方、何もないのがいい。物に接触しない空気が鎮座しているのがいい。虫が1匹飛んでいるのがいい。切れる前の電球が、懸命に部屋を照らしているのがいい。日本が見えたり世界が見えたり、喜んだり、悲しんだりするのがいい。過去が床の上に横たわり、天井を未来が這うのもいい。 上げたいのは350グラムの希望。もらいたいのは200グラムの笑い。