いいこと

 綺麗にお化粧をしているから、一瞬目を疑った。大きな紙袋からお土産を取り出した。僕が甘党だと言うことも知っているし、和菓子より洋菓子が好きなのを知っているから、当然洋菓子だった。それを確かめてからお礼を言った。  数年前最初に来たとき、彼女の希望は、頻繁に起こる下痢と数十分間隔の尿を何とかしてくれってことだった。しかし、それはあくまで周辺部の症状で、本当の不調の原因は統合失調症だった。統合失調症で薬局に相談に来る人なんか1人もいないから、僕の仕事は勿論その周辺部の不快を治すことだった。主治医の先生の理解もあって、腸と尿は僕の漢方薬だけで対処することになった。彼女は言葉では表せないくらい苦しい症状で戦っていた。僕は漢方薬を出す頻度を無理に短くして、1週間に一度会えるようにした。僕の心が折れない程度に彼女の話しを聞くことに徹した。漢方薬は幸いなことに病名に拘らず、症状にあわせて作ればいいので、つらい過去から逃げれるような処方を薬局製剤の中から選び出し、それを飲んでもらった。(勿論、僕の勝手な解釈で普遍性があるかどうか分からない) それが功を奏し、何と統合失調症が徐々に良くなってきたのだ。主治医の先生も喜んでくれた。「何もかも捨て去りたい」その思いを漢方薬で実現できれば心が軽くなるに違いないと思った。案の定、苦しんでいた症状がずいぶんと改善できた。もう数ヶ月前から僕の薬を止めているが「わたし、治るような気がする」と、今日言った。「もう治っているような気がする」と僕は返した。  今朝一番に薬を取りに来た友達のような女性に「何かいいことない?」と尋ねられ、「何もない」と答えた。2人で「何がいいことかも分からないね」と慰め合ったのだが、いいことはちゃんと正座して障子の向こうで待っていてくれる。それに気付かないのは強欲が五感を麻痺させているからだ。何年も笑顔を忘れていた人が、大声で笑う。漢方の実力はないが想いは確かに伝わった。今の僕にとってこれに優る「いいこと」はない。