振動音

 喪失の深い沈黙の中を、低音で振動音が鳴る。音を消して礼をわきまえているのだろうが、息づかいさえはばかれる亡骸の前では、人工の音は消されない。よりによって、こんな時に、こんな場所で、緊急の用事があるのだろうかと不思議に思う。立て続けに3人の携帯が鳴った。  未だ頑なにそれを持つことを拒否している僕としては、乱入する電波に支配されることは耐えられない。果たしてそれが便利かどうかも僕には分からない。こちらから電話で話す用事など滅多にあるものではない。まして、日常から解放される日にはなおさらだ。例え電波でも繋がっていたら自由を満喫なんか言っておれない。自由とは関係を切ることだ。人との、空間との、時間との、あらゆる関係を切ることだ。  何故こんなに電波という鎖で容易に縛られるのだろう。どんな崇高な、或いは逆にどんな背徳の伝言を待っているのか知らないが、身動きできない心と身体には、一匹の蜂が運ぶほどの蜜の味もしない。