収支

 戦いで負傷した兵士が、のどが渇いて苦しんでいた。激戦の中で水は手に入らなかった。従軍神父の水筒の中に少しだけ水が残っていた。それを負傷した兵士に飲ませようと与えたが、兵士は他の兵士の視線が気になり飲めなかった。その様子を見ていた指揮官が水筒を取りあげ、ごくごくと大きな音を立てて飲んだ。そして負傷した兵士に水筒を返した。水筒を返してもらった兵士は、水筒の重さが変わっていないことに気がついた。そして自分もごくごくと音を立てて水を飲み、それを次の兵士に渡した。そうして次から次へと水筒は渡され再び負傷した兵士の元に返ってきた。それでも水筒の重さは変わっていなかった。そして全員ののどの渇きは癒されていた。  ほんの少し残っていた水で全員ののどの渇きが癒されるはずはない。全員ののどの渇きを癒したのは心なのだ。負傷した兵士が遠慮せずに水が飲めるように演じた兵士達の心なのだ。与えることで得た喜びなのだ。  得ることで与えられる喜びは、与えることで得られる喜びには及ばないだろう。その未知なる喜びをもっともっと味わえるようにならなければならない。そうしないと僕自身の人生の収支が合わない。