勾配

 薬局に入って来るなりソファーに腰掛けた。偶然テーブルの上に置いているヤマト薬局のチラシを見つけ「ひとりで苦しまないで」と小さな声で読んでいた。僕のチラシのタイトルはもう20年以上「ひとりで苦しまないで・・・漢方薬でお手伝い」だ。僕にどの程度の力があるか分からないが、少しでも不調を減らせることに貢献できたらと言う想いからだ。体調不良を声高に叫べる人は良いが、ひとりで抱えている人は意外と多い。打たれ強いのではなく、苦しみを聞いてくれる人が家族の中にも少ないのが現状なのだ。家族の不調は特別で、聞くことがつらいからなるべく聞かないようにしている場合もある。根っから愛情がない場合もある。どちらにしても、ひとりで耐えて、ひとりで解決方法を模索している場合も多い。こうなるとストレスで不調が増幅され改善への舵は切られない。  誰にとっても、明日の身体は未知なる物だ。若いときならいざ知らず、下り坂に入り、その勾配が角度を持ってきたときには尚更だ。経験したことのない不調にとまどう。それは病気かもしれないし、単なる老化かもしれない。どちらにしても歓迎できるものではないが向き合わなければ仕方ない。逃げ切れるものではない。小さな声で独り言のように読んでいた男性とは、その後30分くらい話をした。症状を把握するにはそんなに時間は必要ではなかったのだが、家で待ってくれる人もいないし、待つ人もいないみたいだったから。僕のつまらない冗談で時々笑ってくれたので、ちょっとだけ心がほぐれて帰ってくれたかもしれない。こんな時代、緊張して治るようなトラブルは滅多にない。ほとんどのトラブルが緩むことで解決する。誰もが勇気を持って「緩んで」生きることが出来ればもっともっと健康的に暮らすことが出来るだろうに。そんな社会的な環境が欲しい。緩むことが苦手な僕自身のためにも。