異国

 その国では、働いていない人は健康保険には入れないそうだ。だから、今回心臓の手術をするのでも、全額負担らしい。果たして保険無しの心臓の手術がどのくらいかかるのか分からないが、常識的に考えれば年収を越えるのではないかと思う。まして、父親は失業していて、兄弟は学生と、軍隊から帰ったばかりの弟.。そして病気がちな祖母。軍隊から帰った弟が祖母の面倒と手術を受ける母親の面倒を見るらしい。「収入は誰があるの?」と単刀直入に尋ねたら「私だけ」と答えた。このか細い若い女性が異国にやってきて全部引きうけているのだ。   薬局に入って来た時からなにかあったと思った。いつもならすぐに挨拶をし笑顔を浮かべるのに、懸命に作った笑顔は長続きせずに物悲しそうだった。2週間くらい来なかったから実は心配していたのだが理由を聞いてそのやつれぶりが理解できた。何日も泣いたそうだ。帰ってお母さんを励ましたいけれど、帰れば手術代に回すお金が旅費で消える。また、寮で暮らしている日本語が出来ない仲間達が可哀想だと言う。言葉を発するたびに涙が溢れそうになり、天井を見上げて涙がこぼれないようにしていた。いくら僕の前で涙を我慢しても充血した目はいく晩も泣き明かしていることを物語っている。  たくましさなど微塵もない。笑顔をいつも絶やさないが、幸せに溢れているから笑顔でいるのではない。笑顔以外で異国で生き抜くことが難しいことを知っているのだ。笑顔は彼女達にとって、最大の防御なのだ。笑顔で近づく人を襲ったりするひとはいない。人間が持っている最高の防御手段を行使しているのだ。  「悲しいときには悲しんだらいいよ」と言うと、「そんな人がいたら周りの人は面白くないでしょう」と言う。どうしてそんなにいい人でおれるのだろうと感心するが、折れそうな体と折れそうか心が痛々しい。どこまで手伝えばいいのか、どこまで手伝ってはいけないのか僕には分からない。心の声を全部聞かせて欲しいと思った。