赤とんぼ

 隣の土地が手付かずで荒れて雑草が生い茂っていた頃だから、もう10年近く今日見た光景にお目にかかっていない。何かの用事で夕方裏に出てみると、赤とんぼが群れをなして飛んでいた。すごく建物の近くだったので最初は何かわからなかったが、すぐにいつか見た光景だと思い出した。いやいや、いつか見た光景ではなく、ある時期までは、毎年必ず目撃していた光景なのだ。今こうして文章にしようとして気がついた。目撃したことより、目撃しなかったこの何年かに思いをはせるべきだったと。失ったことに気がつかなかった迂闊さが情けない。おそらく自覚できないだけで、同じようなことは今この瞬間にも起こっているのだろう。目に見えるもの見えないもの、形あるものないもの全てにおいて。僕の心の目はなにも見ていないってことだ。