キンチョール

 僕は、あまりクーラーの冷えに強くないので、営業中は入り口を開けている。自然な風が入るといいのだが、瀬戸内は風が余り吹かない。さすがに人が立て込んだり、漢方薬の粉薬を作らなければならない時には、湿度を下げる為にクーラーをきかす。だから1日中スイッチをつけたり切ったりしている。  そのせいかどうか分からないが、日中はハエが、夕方からは蚊がたくさん入って来る。僕はキンチョールで追い回すのだが、一向に死なない。と言うより弱りもしない。数年前までは少なくとも追い回せば決局は死んでいた。ところが今はキンチョールの微粒子のなかを自由に飛びまわっている。蜂が意外とキンチョールに弱いのでまんざらキンチョールが弱くなったのではないだろう。おそらく、蚊もハエも免疫を獲得しているのだ。キンチョールと言う名の農薬に抵抗力を持ってしまったのだ。  僕も、蚊やハエのように裏切り行為に免疫を持ちたい。なにをされても、何を言われても、笑って許せる抵抗力を持ちたい。ところが純粋培地で育った僕はかえって、徹底的に反抗してしまう。青白い顔をしているのに、この時ばかりか血気盛んになってしまう。  原爆で人が殺されたのはしょうがない、国土を守る為ならしょうがないと、どこかの爺が言った。もうわずかしか生きられないような爺が、えらそうなことを言う。国を守ると言うことは、高熱で皮膚を焼かれ、肺を焼かれ、物体のように朽ちていくことか。何万人の命より重い国土なんかあるものか。こんな爺に効くキンチョールってないのかなあ。