軽トラック

果たして何才くらいの老人なのだろう。80才を越えたのか、まだ越えてはいないのか。湿布薬を買いに来て、雑談をしていた。駐車場に軽トラックがあったので、老人に車で来たのかどうか尋ねてみた。車を自ら運転して来たらしい。  何故僕がそんな質問をしたかと言うと、老人は杖をついていて、それにかなり体重をかけて僕と数分間話をしたことと、湿布薬を選ぶ時に僕が問診して、足の先がしびれていて感覚がないという事が分かったからだ。ブレーキを踏むのも分かりにくいから、足許に、テールランプが点くと同時に光る電球を特別に備えつけてもらったらしい。そんな装置があることに驚いたけれど、感覚が鈍くて足許を照らすランプでブレーキを確認しながら踏んでいる車が公道を走っていることにもっと驚いた。杖にもたれながら、ゆっくりと薬局を出て行った老人に、安全運転は望めない。とっさのブレーキは踏めないから、前もってブレーキをかけると、よく分からない説明をしていた。とっさに起こるから事故になるのだと思うが。  思えばこのような事には結構遭遇する。田舎だから、老人はよく働き畑に毎日のように出かける。農道を走るときは車が少ないから危険は少ないだろうが公道ではそいうはいかない。しかし、車がなければ農作業が出来ないから、なかなか免許証を返上しない。判断力も反射も何もかもが衰えてしまった老人の車が今日も行き来する。老いると男も女もとても穏やかな顔つきになる。僕は老人の角のとれた表情が好きだ。しかし、いくら角が取れたふくよかな顔つきでも、人を傷つけたら許されない。故意ではなくても許されない。都会ではなくても許されない。いつか誰かが印篭を渡さなければならないのだろうが、老いを突きつけるのは忍びない。一人一人がつながっている田舎だからなお忍びない。笑って僕は見送ったが、人生の最後の最後で犯罪者にならないことを祈るばかりだった。