逆転

 夕方から一人で仕事をした。毎回来るたびに持参した文庫本を熱心に読みふける女性が丁度やってきた。煎じ薬を作った後、お茶を飲みながら彼女と話した。今度の連休、条件が揃えばぶらりと牛窓を出てみたいので、都会をぶらぶらするのが好きだと言う彼女の知恵を借りようと、宿泊の手段について尋ねた。彼女はビジネスホテルを予約して出かけるらしいが、男なら予約もしないだろうと言った。食事も都会の有名な食べ物に興味があるわけでないので、コンビニで済ますと言っていた。  薬局に来ても、いつもニヒルな感じで寡黙だけれどとても存在感のある人だが、人にこだわらない、ものにこだわらない、時間にこだわらない・・・とても似ているなと思った。丁度親子くらいの歳の差なのだが、その差を埋める共通の価値観があることに驚いた。僕は恐らく牛窓に帰ってから、僕の青春時代の生活振りを、又その中で得た価値観や喪失したものを誰にも喋っていないが、つい彼女には喋ってしまった。牛窓に帰ってから丁度30年になるが、この辺りで何かけじめをつけたいと思っている。大学に入る為にいやいや勉強をし続けた青春前期、入ってから、目標を失い壊すことしかしなかったあの時代、牛窓に帰りひたすら働き子育てした30年。次は何をするのだろう。そうした一種の混乱にも似た想いがあったからだろう、僕の過去を彼女に話してしまった。  僕は職業柄、病める人の話を聞く立場で、実際にそうしている。しかし、今夜は、完全に立場が逆転していた。「僕を癒してくれてありがとう」と礼を言うと、優しく微笑んでいた。僕の青春時代は、彼女のような女性が今よりもっと多くいたような気がする。飾らないで飾っていた人がもっといた。お仕着せの豊さなんていらないと思っていた。失う物がないくらいの自由を欲しがっていた。そして、そして、なによりも考えていた。