爆弾

無意識にすれ違ったことはあるのかもしれないけれど、明かにベトナムの人ですと紹介されて会ったのは初めてだ。浅黒い顔と背が低いことが二人に共通していたがほんの偶然かもしれない。二人をもって全てを語ることなんて許されない。  日本に来て未だ1月前後だから、日本語はほとんど出来ない。自己紹介の時、一人はとちりながらも、名前を言った後「ベトナムカラキマシタ」と言っていた。もう一人はややこしくて聞き取れない名前の後に「ベトナムカラウマレマシタ」と挨拶した。20人くらいの日本人がいたがその言葉に笑う人はいなかった。  二人とも恐らく20代の男性だ。僕の息子くらいの年令のように見えた。言葉がほとんど通じないので、お互い微笑むくらいの交流しか出来なかったが、年令からすると彼らのお父さんの世代は、ひょっとしたらベトコンとしてアメリカと戦っていたのかもしれない。ジャングルの中に穴を掘り、神出鬼没でアメリカを撃退した勇士の子供達かもしれない。貧しくて弱い国が、もっとも豊な国に勝った。守るものを持っている人間と、失うものを持っている人間との差だ。守らなければならないものを持っている人間が、失うことをのみ恐れる人間に負けるはずがない。  ところがこの国の貧しくて弱い人達は、守るものまで失って、戦う理由さえ見つけられない。だから従順にネットカフェの椅子の上や、公園のダンボールの中に帰っていく。中東やアフリカで爆弾に吹き飛ばされる人達の痛みが理解できないから、この国の中でもう何発も炸裂した爆弾に気がついていない。もうとっくに未来を吹き飛ばされているのに。