もし地球に引力がなかったら、僕らは勿論何も存在できない。もし空気がなかったら僕らは数分と持たない。もし森がなかったら、僕らは廃棄ガスで窒息している。もし隣人がいなければ、火事の時に冷静に消防車を呼ぶことすら出来ない。  とてつもない大切なものは、何も語りはしない。だからその存在に気がつかない。なくてはならないものは無口だ。雄弁なものの方が実はどうでもいいものが多い。  僕らは無数の不満を着飾って暮らしている。口から出るのは濁った空気だ。自然から、社会から、隣人から、溢れんばかりのものを頂いても、口をついてつい出てしまうのは悪意に満ちた言葉だ。吐く息は見えるけれど、吸う息は見えない。吐く息ばかり見ないで、吸う息を心の目で見つめなければ。