くぎ

 僕の腰痛は一瞬にやってきて自分の体重を支えられなくなるから、立つことは勿論、座ることも腰掛けることも出来ない。ひたすら横になり漢方薬を飲んだり消炎剤を飲んだりして、嵐が通りすぎるのを待つだけだ。2年前は12時間床の上に粗大ごみのように転がっていた。今回は這うことが出来たから移動は出来た。ただ縦になれないので生活のかなりの部分で不自由だった。痛みもさる事ながら行動が極端に制限されるのが辛い。腰を曲げてでも歩けると仕事も出来るのだが、それも出来なかった。いたずらに時間が経つのを待っていた。  前回の時もそうだったが、今回もまたほんの小さな出っ張りにいろいろ助けられた。体重を腰椎が支えられないので、自分の手で常に支えておかなければならない。腰掛けようとしたら椅子に両手を突っ張って、体重を軽くしなければならない。立ちあがろうとすれば、天井のさんにまるで鉄棒のようにぶら下がるか、何かに手を乗せて体重を軽くしなければならない。トイレも洗面も着替えも食事も全部が重労働だった。そんな中で、家の中の出っ張りにとても助けられた。壁に何もなかったら、廊下になにも置いていなかったら、トイレや洗面台に何もなかったら、行動は出来ていなかった。普段は邪魔になると思っていたもの達に多いに助けられた。体重を支えることが出来るなら大きな物ではなくても、くぎ1本でもありがたかった。実際に、いつもなら危ないと思うような抜き忘れのくぎでさえ、頼りたくなった。そして又役にたった。  僕らはこの共同体の中で大きな位置を占めることはできない。与えられた能力はしれている。 輝きもないし蔭もない。しかし、もしかしたら哀しみに打ちひしがれている人にとって、錆びたくぎくらいにはなれるかもしれない。僕にとってあなたが、あなたにとって僕が1本のくぎになれればいい。