守備範囲

 僕は、漢方薬をやっているせいで、守備範囲は広いかもしれない。色々なトラブルでやってきてくれる人の多くに、一応対処出来ると思う。もっとも、薬局の守備範囲というものがあるから、来てくれる人もとんでもないことを僕に期待してはこない。まあ、この程度だったらとか、運がよければとかそれぞれの考えでやってきてくれる。  その人は、僕よりは年上に見えた。ストレスから来ている症状と、本人も言うし、僕もそう思った。1週間漢方薬を出して全く効かなかった。それでも又やってきてくれた。全然漢方薬が効かないので不思議に思って、雑談を交えて色々なことを話し合った。打ち解けてくれて1週間前とは異なった症状の説明をしてくれた。1週間前の説明と違うじゃないのと言うと、怖いからあまり言わなかったと答えた。なるほど、症状を詳しく聞くとある部位の癌をすぐに想像できた。そこで僕が病院に行くように勧めると、ここで断られるということはやはり悪い病気かと、ひどく落胆した。検査が出来ない薬局だから、診断は出来るはずもなく、なんとなく心配だから受診を勧めただけと言ったが、本人はショックだったのだろう。何かの漢方薬で運良く治れば、不安から解放されると思って最初は来てくれたのだろうが、その段階でないことを彼は悟ったみたいだ。命に関わることが想像できて、それでも薬局が薬を出すことなんか有り得ない。当然受診を勧めなければならない。しかし、その行為が彼を不安の谷底に落としてしまう。薬局にはどちらの権利もないのだ。言葉を選ぶのが難しい。  かかりつけの病院がないみたいだったから。紹介しようかと言うと、日曜日でないと行けないから、自分で探すといっていた。僕は是非行くように勧めたが、果たして行くだろうか。世間には色々な人がいて、常識とはるかに乖離した生活を営んでいる人も実は結構いる。単なる僕の危惧ならいいけれど、後に苦しむのは見たくない。