母の里へ行くには、金甲山と言う山の峠を通らなければならない。かなり急な上りが峠を挟んで数キロ続く。今日おばに漢方薬を届ける為にその道を車で走っていたら、自転車を降りずに懸命に漕いでいる高校生とすれ違った。かなりの脚力がある学生だろう。日曜日なのに制服を着ていたから、試験かクラブ活動の帰りなのだろう。すがすがしい風が、緑深い木々の間から吹いてきたような心地がした。  この峠を僕は37年前、秋の終わりから冬の間、毎日走って往復していた。大学受験に失敗し、浪人生活も終わりに近づいた頃、覚えたのはタバコだけで忘れたのは現役の頃学んだ知識ということにやっと気がついた。このままでは遥かに成績を落としたまま2浪に突入することは明白だった。さすがにそれは自分でも耐えられそうになかったので、遅まきながら一念発起して8ヶ月ぶりくらいに勉強を始めた。岡山の下宿を引き払い、牛窓には帰れないので祖父母のいる金甲山のふもとの村に引っ越した。それからやっと受験勉強を再開し、自分に厳しくする為に毎日数キロの山道を走った。田舎なのであまり車は通らないのだが、今思えば、野犬がよく出なかったものだと思う。このところ毎回通るたびに必ずと言っていいほど野犬にでくわすから。当時は犬を捨てるような人はいなかったのだろうか。  人は追い詰められると力を発揮するもので、それからはそれこそ死に物狂いで受験勉強をした。記憶にあるのは、歯ぎしりを始めたことと、毎晩夢を見始めたことだ。眠っていても緊張していたのだろう。しかし元々何になりたいと言う希望は全くなく、大学にはいることだけを目的化していたので、入学してからは悲惨な大学生活が待ちうけていた。  自転車を降りずに前傾して懸命にペダルを踏む高校生のような蒼い純情は、僕にはなかった。