引き出し

 僕の相談机の上には、未だ目を通していない情報誌が常に数センチの高さに積まれている。毎日の様に届く薬の情報の全てに目を通したいのだが、なかなかそれは難しく遅れ遅れになっている。連休を利用してなんとか追いつきたいと思っていたが、2冊を残してしまった。又情報との追いかけっこが、マイナスから始まる。  例えば何かの症状を持っている人が、これはなにの病気でしょうと尋ねたら、素人はすぐに答える。多くの引出しを持っていないから、答えは簡単だ。薬剤師はいくつかの引出しを持っているから、少し慎重になる。医者はもっと沢山の情報を持っているから、より慎重になる。多くの中から除外して最終的な正解に近づかなければならないから、口は概して重い。それを愛想が悪いなどと誤解したら患者自身にとって不幸だ。医者は患者を慰める職業でもないし、癒しを売り物にするものでもない。患者の命を永らえる職業なのだ。物品を販売する為の愛想は元々身につけてはいない。  無節操な宣伝に踊らされて、医者から健康食品へとシフトする方がいる。とても考えられないことだが、実際には多いと思う。やっと国も指針を設け始めたが、長い間の妄想はなかなか消えるものではない。正しいことは本来地味なもの。一人対一人の小さな積み重ねが、医療の現実だ。あるもので沢山の人が無条件に元気になるものなどそもそも存在するはずがない。だって、日々食べている食物だって、1日30品目を要求されているのだから。何事も偏らないことが必要だ。  心も身体も偏らず、少しのスペースは常に空けておくべきだ。正しいものをいつでも受け入れられるように。いつも満タンでは、逃がしてしまう。