後ろ向き

 今年初めて、天気予報で大雨とか強風とかの言葉を聞いた。季節は肌に当る風のぬくもりより先行して、キャスターの口から僕に届けられる。  大きな雨粒が傾斜を保って降り続いているので、訪ねてきて下さる方は少ない。80にもうすぐ手が届きそうなあるお百姓さんの膝の漢方薬を、薬剤師さんが作ってくれている間に、少し雑談をした。もう何年膝の漢方薬を持って帰っているだろうか。冬は血流を改善する生薬を加えるとか、これから温かくなると予防程度の漢方薬だけとか、メリハリをつけて飲んでいただいている。そのご主人は、平坦な畑は今では不自由なく動けるのだが、山の斜面の畑はやはり膝にこたえるらしい。そこでその方は考えたそうだ。登りはともかく下りは1歩1歩が膝に痛みを走らせるので、下るときには後ろ歩きをするそうだ。そうすると膝が痛まないそうだ。畑仕事なので誰も見ていない。いやいやたとえ見られてもご主人に他の選択肢はない。先祖代代引き継いだ畑を荒らさないと言う強い意志もあるし、いつまでも現役でいて、子や孫の世話にはならないと言う強い意志もある。田舎のお百姓は若い世代でも60代なのだ。80歳で現役で毎日畑に出て働いている人などいっぱいいる。きれいな服は着まい、美しい言葉も喋らない、常に謙遜で、日に焼けた深い皺に慈悲を宿している。この世代の方々は、戦争を体験している世代で筆舌に尽くせぬ苦労の連続だったはずなのに、人を攻撃しない。  単なる幸運を、勘違いして、多くのものをもとうとしている輩がどんどん世界中で増えている。「地球を大切に、資源には限りがありますから・・・」それは違うだろう。地球のものが不足なんかしない。あまりにも持ち過ぎている一部の人間が問題なのだ。  島の急な段々畑を今日も後ろ足で下りてくる老人の作った野菜に勝る食材はない。