皮肉

 一つには道理に反するから決してこちらから声をかけない。二つには、物売りになりたくないからこちらから声をかけない。これらを守っていれば昔ながらの薬局も結構楽しい。無理をするからしんどいし、嘘をつくからしんどいので、もしお金が欲しいなら門前薬局になる。  持参した処方箋の内容でガン治療中だと分かった。手術の時機を逸したらしい。病院の治療と並行して友人に勧められた健康食品とやらを飲んでいると言う。新しい薬が本人に合っていて、主治医をやたら褒めていたが、僕にはそうは思えなかった。抗がん剤が効くのは最初の一時期だけだ。案の定、2ヶ月もすると、違う内容の処方箋を持ってきた。その時に薬局に陳列していた漢方薬の材料を免疫を高めるためと言って買っていった。そこで初めて僕の薬局のお勧め品を手にしたことになる。それまでは処方箋を持ってくるだけの関係だった。それから1ヶ月くらい経って、追加の生薬を買いに来た。そして、実はガン治療がしんどいんだけど何とかならないかと相談を受けた。こうなるとやっと介入が許される。正々堂々と仕事はしたいから、当事者の想いが口に出るまで待つ。  この方の希望は、抗がん剤治療を余りしんどくなく受けれて、生活の質を落としたくないと言うものだった。その程度ならそんなに難しくはない。とりあえず1週間分だけ持って帰ってもらった。自分で煎じて呑むことが出来るか試したかったのだ。すると今日やってきて。「全然違う」「全然違う」ととても評価してくれた。1週間前までのしんどさと比べ物にならないくらい体が(心も)軽くなったそうだ。確かに表情も違うし、背筋も伸びていた。  抗がん剤で正常な細胞まで攻撃されたらしんどいに決まっている。治療では避けて通れないのだろうが、それが少しでも楽になればなおいい。その分野で自然の生薬の力を借りる。何百年前に完成された処方か知らないが、それが現代の最先端の薬の欠点を補うのだから皮肉なものだ。