総動員

 かの国の仏教徒は若いのにとても潔癖だ。せめて外国に来ているときくらい掟を破って自由にしたらと思うのだが、頑なに掟を守る。そこまでされるとこちらも協力しようと言う気になるから、色々知恵を絞ってみる。 年の何回か、1ヶ月間か2ヶ月間か忘れたが、肉や魚、卵、麺類を断つ。こうなれば食べれるものがかなり制限され、折角食事に誘っても食べられない物ばかりだ。昨日も4人のかの国の女性を「うらじゃ祭り」に連れていってあげたのだが、一人のその熱心な仏教徒のために苦労した。何でも、肉や魚と同じ皿に盛られた野菜は食べてはいけないらしくて、小分けしているものしか口にしない。だからなるべく後の4人が分けてあげられるように考えて注文する。汁も具を吟味して注文する。  日本の肉はとても軟らかくて東南アジアの人には人気だ。彼女たちもとても喜ぶ。後の3人は美味しい美味しいと言って、フォークで器用にステーキを切り口に運ぶのだが、その傍で一人米と野菜を食べるのを見るのは痛々しい。勿論彼女にとっては幼い時からの習慣だから何でもないことなのだが、傍らで見ているその習慣を知らない僕にとっては辛いものがある。 せめて僕と一緒に過ごす時間だけでも、日本の心地よい部分を体験して欲しいと思い、僕には似合わないところに連れていくのだが、昨日奇妙な体験をした。ホテルのレストランでメニューを選んでいると、僕より年上のウエイターが(やっていることはウエイターだが、肩書きは本当は違うと思う)ニッコリと笑って会釈をしてくれた。僕は食べるところをほとんど知らないからいざとなればこのホテルに連れてくるのだが、顔を覚えられるくらい通っているのだろうか。それとも、自分だけはコーヒーですませ倹約しているのが見え見えなのだろうか。  美味しいものを食べて本当に幸せなら僕も一緒に食べるが、かの国の女性達が喜ぶ姿を見る喜びを越える喜びを僕は食べることでは得られない。もっと言えば僕の漢方薬で治ったという報告を聞く喜びを越えることも出来ない。恐らくそうしたことで僕は食べることに淡白なのだと思う。  「お腹が空いていない」「嫌い」「さっき、食べてきた」食べない理由を総動員する。