森田薬品

 田舎の薬局にわざわざ来てくれるという感覚が強いからか、父の代から製薬会社のセールスの方はコーヒーやお菓子でもてなす。自然に受け継いだ習慣だから今もパーフェクトに実行している。こちらが客だから偉そうにしていればいいのかもしれないが、それは出来ない。人は皆平等なのだから、立場によってクルクルと優劣を競うようなことはしたくない。  今日は森田薬品という福山に本拠がある会社の女性セールスがやってきた。昨日福山に行ったばかりだからその話題が出て、まさに山陽本線の大門というひなびた駅がある町に工場があることを教えて貰った。そんなたわいない会話。 「美味しいスイーツですね」 「自分これを知らないの、昨日自分の会社がある街で買ったんだよ」 「えっ!福山のお菓子ですか、?知らなかったです」 「福山駅で、連れて行っていたかの国の女性がお土産に買ってくれた。一緒に行っているからお土産とは言わないか。お礼かな」 「そうなんですか、知らなかったです」 「今度、会社に帰ったら福山駅で買ったら!」  自慢だけして、果たして実際に美味しいものかどうか確かめておこうと思い、セールスが帰った後一つ食べてみた。一口サイズの小さな物だが、とても美味しかった。今日は朝から患者さん達にもどんどん食べて貰っているが、これなら喜んでもらえること請け合いだ。かの国の女性達が3箱も買ってくれた中の一つ・・・・と思っていたら、今月から薬局を手伝って貰っている○○ちゃんが「私が作ったんです」と言った。これには2つの理由で参った。一つは商品のレベルまで完成されている外観と味だったこと。もう一つは勿論、全く真実ではないことで話が進み完結したこと。特に後者は怖かった。単なる思い込みで間違ったことを簡単に他者に擦り込んでしまったのだから、同様のことが日常茶飯事に起こっているだろうことを考えると、空恐ろしくなった。たかがお菓子のことだったが、内容が重たい重要なことでもほぼ同じ容易さで伝搬していくのではないかと思った。それを意図的に利用している人間も、特に金や権力を握っている者を筆頭に多いのではないかと思う。  運のいいことに、僕ら凡人はたわいのない勘違いで許されるが、意図された悪意にたわいもなく騙されるのだけは避けなければならない。