限界

 ニコニコして入ってきた。仕事帰りなのだろう夜の7時半をすでに回っていた。2週間前に来たときは真っ赤な顔をして必要以上に喋り続けた。会話に間が空くのをひどく気にしていたように思う。もてなす方の僕が気にするのなら分かるが、心を患っている人が余計気を使ってしまうと治るものも治らない。だからこそ4ヶ月で20Kgも痩せたのだろう。童顔の彼は常に笑顔を絶やさないように振る舞っていたが、そもそもそれが無理なのだ。痛い、苦しいと言えなかった分、自分を傷つけてしまったのだ。えてして多くの善良な人は自分を傷つけて他者との関係を保つ。良いことではあるがそこには往々にして病気の陰が忍び込む。 本来なら当然病院にかかるという選択肢をとるのだろうが、彼は4ヶ月耐えた後僕を選択した。聞くとお父さんが10年くらい前に僕の漢方薬ですっかり元気になったのを見ていて思い立ったらしい。それと彼の回りにいる何人かの人が、薬から離脱できない状態を見ていて心療内科の薬に対する不安も持っているらしい。彼の発病の原因は日々伝えられるリストラだ。それも彼がリストラされたのではなく、リストラされた先輩の仕事を丸まる引き受けなければならなくなり、2人分の仕事を突如こなさなければならなくなったかららしい。さすが元気すぎた彼でもそれは出来なかったのだろう。限界を超えたのだ。次第に彼の体に変化が起こった。まず始まったのが不眠。その後は、目が覚めると途端に不安感に襲われる、胸を何かでいつも圧迫されているような感じ、呼吸がしにくい、みぞおちが痛む、下痢や頻尿、最終的にはやる気も根気も元気も全てなくなった。 僕が作ったのは、ストレスを体から捨てる漢方薬。そして食欲を回復し体力を付ける漢方薬。たったそれだけなのだ。それで2週間目に「こんなに効くとは思わなかった」と評価してくれたのだ。単純明快な感想でこちらも救われた。元々は90kgの体重で元気すぎるくらい元気だった人が、思い煩い痩せた姿を見るのは忍びない。どうしても治って欲しかったがわずか2週間でここまで治るとは思わなかった。胃がちくっとすること以外は全部治ってしまった。煎じ薬も自分で作ったみたいで慣れない作業のエピソードも色々話してくれた。とても落ち着いた会話が出来た。血が登って真っ赤な顔をしていたがそれも人並みになっていた。  僕が使ったのは単なる草、薬草なのだ。自然界に生えている草で彼は治った。僕は心の病は、抑えてはいけないと思っている。身に回りにある自然を利用して癒されれば治ると思っている。そもそも病気ではなく鬱々としているだけなのではないかとも思っているのだ。重症の方は薬局には来ないから、この鬱々を治すには自然薬が一番いいと思っている。 時同じくして、日本で鬱病患者が激増していると報じられていた。鬱病患者が増えたのではなく、鬱病患者にさせられている人が増えているのではないかと僕は感じていたのだが、同じようなことを考え始めた専門家がいるらしい。詳細はインターネットに出ていたから省くが、膨張を強いられる企業というものの負の宿命みたいなものを感じる。  不自然を強いられて陥ったトラブルを、不自然な化学薬品で治すなんて事が如何に不自然か考えれば結論は自ずと出る。田舎の暇な薬局だからこそ出来る仕事かもしれない。