個性

 ひょっとしたら、日本中で毎日繰り返されている光景ではないか。専門ではないから、常に遠慮気味に言うしかないが、素朴に考えても合点がいかなくて日々悩みながら、それでも縁が出来た人に僕なりの対処の仕方で接している。専門家の治療から漏れた人の小さな受け皿になるならそれでよいと思っている。逆にそこにしか存在価値がないことも分かっている。 半年ぶりにお母さんだけがやってきた。早く来ないといけないと思いつつ来れなかったと謝ってくれたが、お母さんのかげりのない顔つきで上手く行っていたことは想像できる。1学期は1日も休まず学校にいったんですよと嬉しそうに教えてくれたが、僕は別に驚かなかった。勿論僕も嬉しかったが、僕には彼女が何ら問題がないことは最初から分かっていたし、寧ろ理想的な女子高生のように見えていたから、彼女が休まずに学校に行くことは当然のように思えたのだ。 2年前初めて相談にきたとき、ニコニコして感じがよい子だった。かなりのおしゃれのように見受けたが、下品ではなかった。質問にも必ず笑顔がついて帰ってきた。中学校時代からその兆候はあったそうだが、高校に入ってから、学校に行く時間になると体が重くて、たまに休むようになった。学校にいっても友達が出来ずに、友達が話していることが幼稚なように感じると言っていた。学校自体が面白くないと言っていた。身体がしんどいときには、早退して帰ってくることもあるらしい。学校から紹介されて心療内科にかかり、カウンセリングも受けているらしい。抗ウツ薬と睡眠薬を毎日服用していた。 僕が母親に最初に尋ねたのは、お嬢さんが病気のように思えますかってことだった。僕がお嬢さんと話して得た感触では、少し精神的に早熟な色白でスリムで冷え性で、その上親に沢山愛されて理想的に育てられているという印象でしかなかったから。僕の質問に対して親は精神病のようには思えないけど、全然治らないし段々休む回数が増えるし、しんどそうなので薬を飲まないと治らないと思って飲ませていますと言う返事だった。何が病気だと思うと質問すると、夜2時頃まで寝付けない、朝まるで弱い、学校が面白くない、同級生が幼稚に見えると言うようなことを上げた。僕はお嬢さんは、原付バイクだと説明した。色白でスリムで冷え性、これが揃えば、エンジンが小さいに決まっている。原付バイクのエンジンでベンツを動かそうとしているようなものだ。動くはずがない。余程気力を振り絞って一時力なら出るが持続するはずがない。どうせ血圧も低いから朝まるで弱く夜は何時までも元気だ。頭がいいから同じ年のくだらない話にはついていけないし、学校なんて万人にとって面白くない。何処に異常があるのだろう。僕は全て正常だと思えると言った。僕の説明はお嬢さんにとっては納得が行くらしくいちいち頷いていた。お嬢さんに薬を飲んで何か改善したのと尋ねると、何も変わらないと言った。授業中ボーとして授業が分からないのは、恐らく薬のせいだ。どう見ても病気ではなく単なる彼女の特徴と思えたので、その事を強調すると、親子で薬を止めてみると言い始めた。ゆっくり止めるように指導したが結局はその日を境にぴたっと止めた。僕は心の問題だとは全く考えられなかったので、単なる元気になる漢方薬を作っただけだ。それも真面目に飲んだのは2ヶ月くらいだっただろうか。後は次第にずぼらになり音信が途絶えた。あれから1週間に1日だけ休むような経過を経て、1学期の快挙になったらしい。 僕が多くの彼女のような人に会って思うのは、単なる個性を、又身体の特徴を人と違うという理由で薬で治療しようとすることが正しいとは思えないってことだ。心の病気も細分化され、繊細な心の持ち主ならちょっとした偶然で病気にされてしまう。集団からはずれたら病気なのだ。それが精神科領域の薬で治療されるべきものなのか。僕はそんな常識についていけない。低血圧なら朝が弱いに決まっている。その代わり夜になると俄然強くなる。それは不便かもしれないが病気ではない。睡眠薬で眠らされれば朝が辛いのも当たり前だ。治療が新たなる不都合の原因になることだってある。もっと、想像力を働かせればごく普通のお嬢さんではないかと思わなかったのだろうか。病院に行ったから病人になるケースもある。限られた時間で多くの情報を得るのは難しいかもしれないが、単なる個性を病気にされてはかなわない。まして前途だらけの若い人はおや。  親の心配をよそにお嬢さんは県外の大学に行きたいと言って努力しているらしい。僕は是非そうさせてと言った。親から離れることは全ての動物にとって自然なこと。人間も同じだ。自由になって法律に触れない程度の悪いことをいっぱいすればいい。社会が後は育ててくれる。