温情

 娘夫婦が世話をしていた保護犬が6匹の子犬を生んだ。一匹ずついろいろな方に引き取られていったが、その中の一匹が脱走したと1週間前に連絡があった。以来娘夫婦は毎日その町まで交代で出かけ探し回った。最近は夜まで出かけていた。3か月子犬たちと過ごしたから情はかなり移っていて、いてもたってもいられなかったのだろう。処方箋調剤はすべて娘夫婦がやってくれているから、留守番をする身にはとても心細かったが、幼い子犬の表情やしぐさが頭に浮かぶとそんなことはどうでもよかった。寒さや雨や飢えに苦しんでいるだろう子犬を想像すると涙が出てきたりした。そんなに遊んだこともないのに、あの愛らしいまなざしには、思い浮かべるたびに心を打たれる。
 今回の捜索で多くの人の助けを得た。直接的に捜索のお呼びはかからなかった僕だが、間接的に入ってくる人様の助言はなるほどとうなづくものばかりだった。保護活動をしている人の助言が恐らく最終的に役に立ったのだろうが、さすがに、その積み上げた経験と知識には敬服する。
 見つからないたびに素人は捜索範囲を広げる。でもそれは無限大へのスタートで、不可能に向かって進んでいるようなものだ。プロは、子犬、雌犬 脱走の3つのキーワードで、遠くには行っていない。臆病だから昼間はどこかに隠れて夜に行動している。飼い主との相性が悪くて脱走したのだから飼い主の元には絶対帰らないなどと教えてくれた。その情報をもって娘夫婦は朝から今日は出かけて行った。そしてその朝から薬局を空けるという決断もある方の存在で可能になった。その方は土曜日ごとに県外から手伝いに来てくれている女性薬剤師で、僕と同じ漢方薬の勉強会に属していた方なのだが、僕と違って処方箋調剤のプロだ。だから娘夫婦がいなくても処方箋を受け付けることができる。そういった安心感から二人とも朝から捜索に出かけた。そしてうれしいことに、夕方5時ごろ、ついに見つかったと電話連絡があった。
 薬局にやってくるその町の多くの方にもポスターを渡し、セールスたちにもお願いし、そして多くの方に励まされもした。人様の助言や助けがなければ心も折れていただろう。今回の経験が、これからお会いする多くの人たちに向ける心の在り方を上質にしてくれるきっかけになることを願う。いただいた温情の何倍返すことができるかだ。僕たちは、運よく、知識と心を磨けばそれができる職業でもある。