本能

 毎年決まってやってくるツバメは、薬局の軒下に巣を作る。通り道から若干ずれているので、迷惑はかけない。ただその巣がある所からほんの数十センチ離れた所が、丁度シャッターの柱を立てる場所で、毎日夜7時には、鉄製の支柱がそこに立てられる。ツバメにとってその柱は巨大な危険物に映るのか、必ず僕が柱を持って路地から出てくると飛び立つ。  数日前、いつものように支柱を立ててシャッターを下ろそうとしたら2羽のツバメが飛び立った。しかし何を思ったのか1羽が店の方に飛んだ。店の方は電気で煌々と照らされ明るいからだろうか、そちらに飛び立ち、こつんと音がしてツバメが落ちた。ただ、姿勢は保っていて、しっかり玄関マットの上に立っていた。ただそこは人が通るところだから本能的に危険を感じたのか、店先に並べている観葉植物の鉢の陰に隠れるように入っていった。  歩くこともできたから、最悪のことは想定し辛かった。脳震盪でも起こしたのだろうと何故か楽観視できた。だからこれ幸いに至近距離のツバメを楽しんだ。すると、店頭の暗闇で、チキ、チキと鳴いていたもう一羽のツバメが、観葉植物の陰に隠れているツバメのところに降りてきて、ほんの短い持間だったが寄り添うようにした。僕は店内からガラス越しに見ていたのだが、そのなんともいえぬ「いたわり」に驚いた。あの小さな体の中の小さな脳みそで 何をささやいたのだろう。言葉を持っているのかどうか知らないが、意思の疎通が出来ているのは明らかだ。そして程なく頭上の巣に一緒に戻っていった。  その後幸いにも毎日2羽のツバメが忙しく巣を出入りしている。単なる本能を知性とか愛情とか、人間の都合の良いように解釈してしまうが、僕が見た光景が単なる本能だけのこととは思えない。