下5桁

 「ワシは、人生で3度死にかけた」と面白いことを言うから、その3度を確かめたくなるのが人情だ。  決して饒舌ではない。僕が10秒で話せることを1分くらいかけて話す。内容を吟味しているのではなく、根っから出てこないのだ。こんな人を、僕は好きだ。全くの無防備でおられることが嬉しい。  1度目は、生まれてまもなく。当然本人は知らないからお姉さんに聞いたらしい。助からないと医者に言われたらしいが、奇跡的に助かったらしい。  2度目は、長崎の原爆。被爆したがこれもまた、命を奪われることはなかった。ただし原爆手帳は持っている。  3度目は、岡山県に来て工場で働いているとき。感電して右の頬から胸にかけて電流が走ったらしい。これも奇跡的に助かった。  「ワシは、よほど運が悪いんじゃろうかと、神父さんに言ったんじゃ」と言うから「よほど運がいいのではないの!3回も助かったんだから」と答えると、「そうとも考えられるなあ」と感心していた。その後話していると、20年前に脳梗塞もしていた。その後遺症で少しばかり足の痺れなどがあるらしいが、これもまた運がいい。「これからは、ワシは、人生で4度死にかけたと言ったら」と助言しておいた。ただその運の強さには理由があるらしい。長崎の人だから恐らく生まれながらのクリスチャンなのだろうが、残念ながら神様の力ではないらしい。彼がもらっている原爆手帳の下5桁が「死ににくい」なのだそうだ。これではなかなか逝けそうにない。まるで漫才みたいな内容だが冗談を言えるような人ではない。事実なのだろう。「よかったね〇〇さん、死に安いだったらもう済んでいたよ」