耕運機

 少し不自由そうに入ってきたのは、時々野菜をくれる人だ。外科からの帰りに寄ったらしい。外科帰りだから僕に用事はないが怪我の様子とその処置を見せたかったのだろう。実際に僕も勉強になった。  膝の上辺りから足の甲までアイシングが施されているから、遠目でギブスのように見えた。しかし骨折ではなく、打撲によるものだと教えてくれた。農作業で耕運機を使っていたそうなのだが、建物の近くまで耕して、それ以上は狭いから耕さなくてもいいと思いながら、つい潔癖症が出てやってしまったらしい。そこでは直進は難しいから、ちょっとした傾斜をバックで上っていたらしい。すると耕運機の取っ手が屋根からぶら下がっていた網に引っかかり、ハンドルを持ったまま万歳をする格好になり、耕運機が足を逆さまに上って来たらしい。そうした時はスイッチを切ればいいのだが、その判断が一瞬の内にはつかなくて、膝上まで耕運機がよじ登ってきたらしい。逆回転だから足の筋肉を耕すことはなかったけれど、それでも鉄のスクリューみたいなものが高速で足の筋肉を打ったのだからダメーずはすごくて、あたったところが深く窪んだらしい。そして見る見るうちに窪んだ所を谷にしてその上下が山のように腫れ上がったらしい。いわば双子の山のようになったのだ。もし、スクリューのようになった刃と刃の間に足が挟まっていたら確実に骨折していたと本人は笑いながら言っていたが、以前、そうした人を見舞ったことがあるので僕は笑えなかった。  そこから発展して草刈機の話になった。これは嘗て2枚歯の時は危険と隣りあわせだったらしいが、今では柔らかい歯を使っているから危険はかなり減ったらしい。石を四方に飛び散らせそれが目に当たって失明するなど、威力がありすぎた過去のものは今はあまり普及していないらしいが、それでも危険すぎる。農家の人は使わないが、家庭菜園用の簡易なものでも「いくら小さくても機械は機械じゃ」と言う彼の言葉は説得力がありすぎる。   絶対僕には出来ない。機械一つ使うことが出来なくて、それ以上に難しい作業が一杯ある農家の仕事は出来ない。出来ることはただただ感謝することだ。直接いただくことも多いが、店頭に並んでいるものにも感謝できる。多くの農家の方と毎日接するからだ。決してスマートな日々を送ってはいないが、大いに必要とされる人達だ。牛窓にも専業農家はあるが、もっともっと専業で経済的な恩恵を受けられる人が増えたらいいなと思う。命を養う職業などめったにないのだから。戦争で盗られ、放射能で盗られる職業ではない。