サプライズ

 昨年は赤穂の第九のコンサートがない年に当たったので、仕方なく岡山のシンフォニーホールのコンサートに数人連れて行った。岡山のコンサートは赤穂のに比べて1.5倍くらいのチケット代なので、連れて行って上げられる人数に制限がある。だから今日赤穂に連れて行った7人は、去年選抜に漏れた人たちだ。もっとも帰国する人を優先すると言う暗黙のルールを彼女たちも良く守ってくれて、自己申告の選抜もほぼ公平に出来ていると思う。  今15人、この春3人増えて18人になる。よその工場の子で教会で会う人が4人。僕を頼って再来日した子が3人。研修生として働きに来ている男性が3人。岡山のかの国から来た若者の中心的な女性が1人。つながりの強いこの子達にぜひ日本のよさを味わって帰国してもらいたいが、なかなか何を持ってそれらが達成できるのか分からない。試行錯誤を繰り返している。  実は今日、テレビ番組ではないが、一つのサプライズを用意していた。と言うのは今日参加した一人の女性が最近元気がないことに気が付いていたのだ。小柄な子で決して強い子ではないから、疲労が重なっているのだろうかと心配していたのだが、意外にも第九に行きたいと言うので参加することは前もって分かっていた。必ず決められた期間は断食をするほど彼女は熱心な仏教徒で、偶然通りかかったお寺を見つけたらすぐに入って行って拝むほどの女性なのだが、赤穂の有名なお寺に連れて行ってあげたら喜ぶのではないかと思ったのだ。そこでインターネットで調べたら花岳寺?と言うのを見つけた。そして何も知らせないまま、コンサート会場に行く前に連れて行った。すると、この数ヶ月見せたことのないような顔の表情を見せ、一人で寺の中をくまなく歩き、色々な場所(僕には個別の重要さが分からない)でひざまづき、手を合わせ上下に動かす独特の方法で拝んでいた。  多くの期待を背負い、多くの希望を持ってやってきた子達の中で、一人の脱落者も出したくない。仕事で辛ければ日曜日に、それを忘れるほどの楽しいことを経験させてあげれば持ちこたえられる。かの国の人でも日本人でも同じことだ。警戒する必要もないこのくらいの年齢になって初めてできることかもしれない。  「国に帰ったら、12月になるたびに思い出してね。イケメンのお父さんとベートーベンを聴きにいったって」 さようならの言葉は残らないが、第九のメロディーならいつまでも彼女たちの心の中に残るだろう。