地力

 誰にも1人や2人、回りにこんな人がいるのではないか。  肩書きは勿論、学歴もない。ただ妙に説得力がある言葉を吐く。「けだし名言」とうならせられることがしばしばの人物。物事を論理的に説明することは勿論、人前で堂々と喋ることもできない、しかし何故か人に一目置かれる。  もう数年定期的に通ってくる。術後尿失禁で紙おむつが必需品になっているのだろうが、その点を除けばまだまだ十分元気でよく働いている。ある日の夕方、買い物に来たその男性に妻が「日が長くなりましたね」と何気なく声をかけた。仕事帰りに買い物に寄る人だからやってくる時間はほぼ一定している。春になるとまだ少し明るい時間帯に買い物に来れるようになるから妻がその様に挨拶したのだろう。するとその男性は、「日は長くなったりしないんじゃあ。1日が短けえ(短い)とか長げえ(長い)とか、1年が長え(長い)とか短けえ(短い)とか良く言うけど1日や1年は決まっとんじゃ(決まっている)。1日は24時間じゃし、1年は365日なんじゃ。なんぼ説明してあげても誰もわからんのじゃあ」と言って首を傾げた。ほとほと分かってくれないことが困ったような仕草だったので、僕も妻も思わず大声を上げて笑った。  なるほどそう言われてみれば確かにそうだ。どうあがいても時間の長さを変えることは出来ない。長いの、短いのと大騒ぎすることはない。余裕を持って悠々と生きろと言っているように思えた。  人口が少ない分、田舎には突出した人物はなかなか出てこないが、こういった味のある人物を輩出することはしばしばだ。空が生むのか海が生むのか田畑が生むのか、それとも人が生むのか分からないが、それはそれで田舎の愛すべき地力だと思う。