農業

 農業は産地間競争だ。野菜ではないが、同じように栽培される海苔もそうだ。どこかの産地が天候不順に見舞われて作物が被害を受ければ、同じ物を作っている他の産地のものは値が上がる。いわば経済競争が天候の運不運に依っている。だから他の地域の天災を心の中で喜んだりする。ただそれは余りにも不見識だから口には出さない。  薬局には多くの農家の方が来るのでその話題を出してみた。大雪で関東の農家の被害が、埼玉県など200億円を超えているというニュースを見たから、さぞこちらの方の野菜が値上がりしているだろうと思ったのだ。ところが意外とそうではないらしい。関東は雪でやられたが、中部圏が被害がなかったので供給には支障はないらしい。牛窓の野菜はさすがに関東までは行かないのだろう。山、関西圏までか。僕は農家の方が大いに潤って、笑顔がこぼれんばかりになったらいいのにと思っていたのだ。帰ってきた言葉に当事者でもないのに少しがっかりした。 その会話の中である農家の方がしみじみ言った。「ニュースの中で言っていたが、あっちの方の百姓は結構借金しとるんじゃなあ」と。最初僕はその感慨深そうな言い方が何を表しているのか分からなかった。「牛窓の百姓は、何回も不作で懲りているから借金はしてないもんな。だからあんなことがあっても食うに困らんもんな」決して自慢しているわけではない。それこそ同業者だから理解できるものがあるのだろう、愁いに満ちた表情でその言葉を吐いた。産地間競争は経済行為としては仕方ないかも知れないが、同業者としての連帯感はかなりあるように思えた。大地の恵みを頂いている人達のひょっとしたら当然の気持ちかもしれない。そこが全く経済だけで繋がっている都市部の人間、いや、第2次、第3次産業の人間とは違う。  今年も白菜御殿は建たなかった。お百姓が潤えば町は明るくなる。働いている姿が絵になり、多くの人達の視界に触れる。子供達もその姿を見ながら成長する。産地間競争に勝って、牛窓の土地だけではなく町民の心の土壌まで豊にして欲しいと思う。