お礼

 結構合理的な僕だから、奈良へは色々な目的を持って行った。その中の一つは、春に牛窓を訪ねてくれたかの国の4人の女性の中の3人が、かなりの体調不良を訴えていたからだ。 その中の1人は、いつも胃を押さえていた。折角牛窓に来たのにご馳走も食べれないのかと不憫に思い、ある薬を飲ませると劇的に効いた。この劇的というのは彼女にとってのことで、僕らの職業では当たり前のレベルの話でしかないのだが、とても喜んでくれた。話を聞いていると「胃が悪いのは遺伝で、お母さんも悪い」と言った。僕はその時深くは考えなかったが、その後息子に話をすると、東南アジアの人だからピロリ菌がいるのだろうと言うことだった。若い女性が潰瘍気味なのは、それも勝手に遺伝と思いこんでいるのは気の毒だから、出来れば岡山に呼んで息子に診せようと思ったのだ。  恐らく井戸水を飲んで育ったのではと息子が言うのでそのことを確かめてみた。すると、井戸水は勿論、雨を集めた水を飲んでいたらしい。目の前にいる女性達は、ほとんど日本人と区別が付かないような顔つきで、よく喋りよく笑い、日本人以上に向学心に燃え、知的な香りさえ漂わせているのだが、そう言った人達がついこの前まで雨水を飲んでいたのだ。かの地に行ったことがないから想像する材料を持っていないが、彼女たちの今風の容姿と話の内容の乖離に驚いた。  ピロリ菌という言葉のニュアンスが何か不潔感とか、ことの重大性を連想したのか少しだけ落ち込んだみたいが、治る病気と言うことを説明したら、希望を持ってくれた。折角日本に来ているのだから、そして折角僕と知り合ったのだから、根拠のない「遺伝」などと勘違いして持病として受け入れさせるのは気の毒だ。  僕らが幼いときに接した人達と重なる純情さや向上心を持ち合わせている彼女たちの存在に、僕からのお礼だ。