偶然

 いくつの偶然が重なってそんな言葉に行き着いたのか、予想もしない返事に、ただ謝るしかなかった。勿論老婆特有の温厚な言葉遣いで返してくれたが、本当の心の内は分からない。悲しい記憶を呼び戻させてしまったと、行き着いた言葉を恨めしく思う。 80歳代と言っても寧ろ90歳に近いのではないかと思う。数年前にすでに、高齢を押して車を運転するのに驚いていたから。それも隣の町から30分近く運転してやって来てくれる。田舎から便利な市内へ新築して引っ越したのはもう10年以上前になると思う。それも偶然薬局の隣だというからもう会うことはないなとその時思った。ところがそれからも毎月欠かすことなく薬を取りに来てくれる。 今日も軽四である薬を取りに来てくれたのだが、偶然くじ引きをしていたのでひいて貰った。するとLEDの可愛い外灯があたった。僕は他の方を応対していたのだが、LEDの使い方を教えていた娘が少し女性の理解力に戸惑っていたので横から口を挟んだ。「奥さん、息子さんにやって貰えばいいが。息子さんならすぐ分かるよ」と。ところが返ってきた返事は意外なもので「息子は死んだ」だった。これには驚いた。全くの不意打ちだ。校長を定年退職したのを機に便利な市内に新築して引っ越したのに。何で亡くなったのかを説明してくれたが僕は覚えていない。ただ「ごめんなさい、いやなことを思い出させて」と繰り返し謝っていたので。  僕は薬を選ぶための問診はするが、いわゆるプライベートなことはあまり話題に上らせない。言いたくないことも多いだろうし、僕も興味がない。プライバシーと病気を治すのはそんなに重要な関連はない。くだらない話で笑いがこぼれ、緊張した筋肉が緩む方が余程治療には意味がある。今日の聞かなければ良かった内容も何の意図もなく行き着いてしまった。ただ僕が幸せなのは、本来なら空気が一瞬凍り付く場面も心穏やかな人達によってすぐに笑いが溢れる元の薬局の風景に戻してもらえることだ。  現代人の病気はまるで冗談のように笑いながらでないと治らないものが多いと思う。ふざけたような結論で、ふざけたような方法論だが、僕はそこに行き着いた。