舞台

 舞台俳優や落語家などが良く口に出すせりふに「舞台で死ねたら本望」と言うのがある。自分の仕事に対する意気込みを表現した言葉なのだろうが、実際にそうした人をあまり見たことがない。意気込み倒れで、病院に長期入院してマスコミによって世間に晒されている方が圧倒的だ。あの時の意気込みはどうなったのと言いたくなるが、本人も回りもそんなことは忘れているし、元々考えてもいなかったことかもしれない。 人の数の割合からしたら当然かもしれないが、寧ろ一般の人の方がそうした自分の舞台で倒れる人の方が多い。そこは畑や船の上や工場かもしれないが、働きながらそのまま逝く人がいる。気をつけていないからなどと噂されるが、俳優などでも出来ないことをやってのけるのだから、大したものだ。日常に自分で幕を下ろしてしまうのだから潔いし、後腐れがない。なるほど俳優や芸人ほど注目された人生ではないが、己にとっては毎日が舞台だったはずだ。喝采も声援もなかったかもしれないが、一人で演じ続けた場所だ。人生の全てだった場所だ。そこで生を終える名演技を芸人などに独占させる必要はない。  色々な健康法があるが、薬局の中で何十年も人を観察して思うことは、働き続けて世間との接触を断たないことが、後半の人生を健康的に過ごすことが出来る大きな条件だと思う。出来れば職業的に世間の役に立てること、それが無理なら無報酬でも世間の役に立つことが、心身の健康にとって重要だと思っている。健康的に生きることを目的にするのではなく、社会生活をそれも経済的な自立を目指した生活を送ることを目標にした方がいい。誰にでもあったはずの舞台にいつまでも立つ方がいいのではないかと思う。  僕ら庶民が、降りように降りられない舞台で踏ん張っているのは、あながち不幸とは言えないのかもしれない。