芸名

 僕が漢方薬を作っている時に鳴った電話に出たのは娘婿だ。電話が長いから何の電話だろうと思っていたが、話の内容から過敏性腸症候群の相談だと分かった。結構長い時間かけて丁寧に症状を聞き取り漢方薬でお世話をすることになったらしいが、彼が主にお世話するのはこれで二人目だ。最初の青年は最近はバイトを始めているらしく、お父さんも一安心だろう。今日の遠くのお嬢さんも同じように改善してくれるのを祈っている。  昼過ぎの電話は娘がお世話している女性で2回目だ。最初の2週間で充分手応えを感じている。治療する側は充分だと思っても、さてご本人の方はどうか。ただ、具体的に腹痛や下痢、不安感などが改善しているから充分満足できるスタートだと思う。どうしても過敏性腸症候群の方はドクターショッピングをしてしまうから、ただ一度で止めてしまう方は異常に多いのだが、少し付き合って貰えばかなり改善する確率が高いから、この女性も傍で見ていて楽しみにしている。  この様に最近は僕が窓口にならない方が結構増えてきた。とても喜ばしいことだ。僕は漢方薬を殊更難しく演出して、意図的に付加価値をつけるのを好まない。泥臭くても「治ればいいだろう」でやって来たから、誰が応対しても治療できる処方を30年ノートに書き留めてきた。決っして格調は高くないが、よく効くはずだ。効く処方しか書き留めていないのだから。しばしばこの世界では学問に走り、ほとんどオタクかというような大家がもてはやされるが、患者さんにとっては迷惑な話だ。 このまま次の世代に漢方薬も途切れることなくバトンタッチできると思う。まるで白紙のところからスタートした僕とは違って、あるレベルからスタートした二人だから、いずれ僕なんかよりもっと高きに登ってくれると思う。その頃僕はきっと青春時代にやり残したことに没頭しているだろう。歌手になって全国をツアーで回っているに違いない。芸名はもう決めている「オゾザキ ムダオ」(遅咲 無駄男)