脱出

 僕はカウンセラーでなく漢方薬を使う単なる薬剤師なのだが、以下のような相談がきた。僕は言葉で人を治すことは出来ないし、導こうなどとも思っていない。僕にとって唯一の武器は漢方薬なのだから。返事をするべきか迷ったが、僕は寧ろ僕の漢方薬を飲んでもらっている人達にこそ読んで欲しいと思いその青年に返事を書いた。

 僕は人生の成功者でもなく、強烈な失敗者でもないので、あなたに助言できる立場ではありません。田舎で薬剤師をしているせいで、多くの方から相談を受けますが、それは基本的に体調不良に関するものです。青春や人生そのものを問いかけられても、期待に添う答えをお返しする自信は全くありません。だから今回は、あなたが教えてくれたあなたの最近の生活ぶりに対して、当時の僕を対峙させて書くに留めたいと思います。そうした青春を送ったあげくがまさに今の僕ですから。

「最近大学生活が少し不調気味で、朝起きても憂鬱な気分で日中はネットサーフィンばかりして気を紛らわしたりすることが多くなりました」

 僕は入学1ヶ月目にしてすでに授業に出る意欲を失いました。浪人時代からのめり込んでいたパチンコをすぐに復活させ、1日数時間はパチンコ屋の中で過ごしていました。授業に出なければと強迫観念みたいなものはありましたが、それに優るモチベーションを得ることが出来ずに、いつの間にか罪悪感も消え、真昼間から繁華街をうろつく学生に成り下がっていました。それを丸5年間続けました。(4年生大学ですが)

「4月の時は好きな人ができて(片思いでしたが)舞い上がっており」  

 僕の恋人は東京にいましたから、それは僕には幸いしました。敢えて恋人を作る必要が無く、いつも持てない男集団の中で、それも超落ちこぼれ集団の中で過ごせましたから。外見も内面も一切飾る必要のない5年間を過ごすことが出来ました。余りにも居心地が良かったので、そのときの自由さから未だ脱出できていません。僕は異性に持てるより、同性に持てる方が大切だと思っています。僕の人生を形作ってくれた日々でしたが、タバコ、コーヒー、麻雀、読書、フォークソング、デモ、バイト、それ以外は何もしていません。

「このままでは人に迷惑をかけてしまうから、などというのは方便で、ただ単純に自分自身のことばかり考えて悩んでおり」

 その年齢で、自分以外の人のことを考えたことはありません。当時、人を思いやったり人を助けたりする力は全くないから考える資格もなかったです。毎日如何にパチンコで勝つかだけを考えていました。

「人のために生きたいという気持ちもあります」

 学生の時、そんな高尚なことを考えたことは一度もなかったです。僕の仲間達の口からそんな言葉を聞いたこともありません。超劣等生の仲間達もその後は結構社会に貢献していると思いますが、恐らくかなりの歳月を経て、ようやくそうした考えにたどり着いたのではないでしょうか。人のために生きるにはかなり自分の生活を確立してからでないと難しいのではないでしょうか。  あなたが自己否定しているレベルは当時の僕などよりはるかに高い位置です。悶々とした日々は青年にとっては必要なものかもしれませんよ。知らない間に脱出していたってのが本当のところです。僕は脱出のための努力など何もしていません。落ちぶれるのに飽きたってところでしょうか。 ヤマト薬局