免罪符

 余程故郷を追われた人でない限り、生まれ育ったところって言うのは愛着があるのだろう。この女性もちょっと僕が高松市について質問しただけで一杯教えてくれた。元々わざとらしさが全くない女性で、裏も表もなく僕はかなり評価している人なのだが、話が進むうちに熱のこもりようが違ってきたから、故郷を思う心がビシビシ伝わってきた。 連休中にかの国の若い女性達をどこかに連れて行ってあげようと思ったのだが、研究会以外に遠出をしなかったせいで、あてがない。会社の制約でどこにでも連れて行ってあげれる自由はないから、近くという条件がつく。近くてエキサイティング、まるで旅行社のキャッチフレーズみたいだが、僕の場合それに安上がりという条件と疲労を残さないと言う条件が付く。 そこで思いついたのがフェリーに乗って四国の高松に行くってことだ。フェリーならデッキで景色を楽しんでいればよいから疲れないし、車を載せなければ300円台で瀬戸内海を渡れる。条件にぴったりだ。かの国の女性達も大きなフェリーの旅は経験がないらしいから、今から嬉しそうにしている。  ところが高松に渡ってからの情報が全くない。どこで何をすればいいのか分からない。インターネットで検索すると余計分からなくなった。ほとほと困ったときにふと思い出したのが、その女性なのだ。月に2回本人と家族の漢方薬を取りに来てくれるから今まで多くの会話をし、彼女が高松市出身というのは知っていた。  僕の白羽の矢は的に命中したらしくて、その土地で育った人しか知らないだろう情報を一杯教えてくれた。そして即席の観光ルートも出来上がった。疲れを残さずに、ゆっくりと楽しむことが出来そうだ。  高松と言えばうどんが超有名だが、彼女に言わせれば「うどんしかない」のだそうだ。だからうどんに県をあげて力を入れているらしい。マスコミに取り上げられる有名店は実は地元の人にとっては大したことがないらしく、本当の名店を教えてくれた。そのほとんどが不便なところにあるから敢えて訪ねることはしないが、「本当の話」が聞けてとても興味深かった。  一番耳に残っているのは、うどんのおいしさの差はタレではなく麺そのものにあると断言したところだ。一介の若いお母さんが、まるで評論家のように論評する。そしてその麺の差は、小麦粉でもなく、塩でもないのだそうだ。小麦粉はオーストラリア産だし、塩は有名なところのものだって簡単に手にはいるから圧倒的な差は作れないらしい。と言うわけで圧倒的に香川のうどんを美味しくしているのは水らしい。香川県を知っている人は理解できるが、日本で一番小さな県だ。香川を流れている川は四国山地からあっという間に瀬戸内海に流れ込むから、途中で養分が溶け込む余地がない。ほとんど軟水なのだ。だから味に混ざりけがないらしい。何て説得力がある内容だろうと思った。  これだけ予備知識をインプットしておけば、かの国の女性達を喜ばすことが出来るだろう。自分では気がつかないうちに多くの人を傷つけてしまうことの免罪符に、僕は些細なことを積み重ねるしかないと思っている。