神経質

 処方せんを持ってきた初老の男性が、薬が出来る間、やたら話しかけてきた。僕は漢方薬の調剤の準備をしていたのだが、彼には暇に見えたのだろう。娘夫婦が彼の調剤をしている間、ずっとほぼ一方通行気味の会話をした。  ただその中で一つだけ興味深い話があった。持ってきた処方せんの内容とは全く異なるのだけれど、ウンチがよく出て困ると言った。1日4~5回、それも午前中に集中するから散歩にも出かけられないらしい。かれこれもう50年の癖だからかまわないが、お医者さんに相談したら「神経質なんじゃ」と言われただけらしい。しかし、考え事をしたり、大事な用事があったり、集まりがあったりすると必ずウンチがしたくなるし、物を捜すだけでもウンチが出るらしい。  この症状は明らかに現代的な言い方をすると過敏性腸症候群なのだが、そんな昔から、ひょっとしたら戦中の方かもしれないのだが、こんな現代的な症状を持っていたってことに驚いたし、医師に相談しても神経質の一言ですまされ、それ以上追求もしないし、諦めていることにも驚いた。不幸にもかかっている医師が過敏性腸症候群のことを知らなかったのだろうが、何処にかかるかで得るもの、捨てるものの差が大きい。医師の方ももう少し耳を傾けなければ、午前中に散歩も出来ない人生がどれだけ不完全なものかを理解することは難しいだろう。結果的にはその不完全さに手を貸し、膨大な時間を無駄に過ごさせたことになる。  僕はその人と面識がなかったので、それ以上立ち入らなかったが、処方せんを持ってくる人とは距離感が必要だ。むやみに薬局の薬を勧めることは出来ないから、おおむね興味がない振りをする。しかし、今からでも恐らく僕なら改善できる。ただ諦めきっている彼は、それを期待している雰囲気でもないし暗黙の病院と薬局のルールもあるから、ただただ一方通行の会話に甘んじていた。 医師と患者のちょっとしたミスマッチでこうした症状を抱えて暮らす羽目になる。難病ならいざ知らず、ありふれた症状を「神経質」の一言ですませれる職業を羨ましいと思うが、人の良い患者も考えものだ。人の良さではお医者さんを治せない。