名札

 数ヶ月通い慣れた病室に名札が無かった。早く安らかにと願いながらも、僕は病室を移されたのだと何故か思った。看護師詰め所で尋ねて今朝亡くなったことを知ったが、心の底ではいつまでも生きていて欲しいと願う心があったことを自分の行動で知った。 叔母の家に行くと座敷で綺麗に化粧をされて寝かされていた。最後に会った時の顔のむくみはなく、以前の元気だった頃の顔に戻っていた。亡くなると筋肉部分の水が無くなるのか、苦しんだ様子さえうかがい知れないいい顔をしていた。これでやっと60数年前戦死した婿さんと一緒に暮らすことが出来る。二十歳の青年と、80数歳のおばあさんではお互い捜さなければ見つからないかもしれないが、一つ墓の中で一所に暮らして欲しい。 こんな不幸は作ってはいけない。人間が人間をこんなに不幸にしてはいけない。誰の欲望でこんな不幸が国中にまき散らされたのかは知らないが、誰にもこんな権利はない。  日が暮れて暗くなった頃、やっと畑から鍬を担いで帰ってくる。僕にはその光景が焼き付いている。再婚もせずに嫁いだ家を守り続けたモンペ姿の叔母がいる。幼い僕ら兄弟姉妹を我が子のように世話をしてくれた叔母がいる。一杯一杯幸せだったのか、少しだけ幸せだったのか、やはり辛かったのか、天然の明るさの下に全てを隠していた。  何度も何度も登った坂の途中に僕達をかわいがってくれた人達のお墓がある。そこから先は山で道はない。今日、夕日を映す山の木から、1枚の葉っぱが力つきて音もなく落ちた。