一番星

 雨が続くから、やってくるのは農家の方が多い。雨の日は農作業が出来ないから休みなのだ。天気に休みまで支配されるとても自然な仕事だ。人間が作ったルールより、自然に従うことを良しとする貴重な職業だ。  都会の労働者が人間疎外を何で克服しているのか知らないが、この土地の人はそれらの必要が少ない。仕事帰りのしゃれた食事もいらないし、くぐるのれんもいらない。まして風俗店の卑猥な呼び込みに自尊心を傷つけられることもない。夜はいつも昼の傍にいて、大きく手を広げて待っている。  夜の9時を回って港まで2kmの距離を歩いても、人とすれ違うことはまずない。時々都市部に働きにいっている人の帰宅を急ぐ車に追い越されるが、数百メートル後方から接近していることに気がつく。さすがに家々の明かりは点っているが、テレビの声が漏れることもない。恐らくもう数時間後には起きあがる漁師達は眠っているだろうし、一人住まいの老人達も眠りにつく頃だろう。 この町の働きたがり屋は遊びべたではない。働くこと自体が遊びを含んでいるし、遊びながら働いているとも言える。生活の糧は笑いながらでも涙ぐんででも得られる。大地や海と駆け引きはしない。勝ちもしない負けもしない。ただ懐に包まれて従順に過ごすこと、そうすれば生かされる。強者は爪を磨かないし弱者は逃げ足を鍛えることもない。今年初めて出くわした一番虫がそう言った。