道化役

「お久しぶりです」と言われても僕には分からなかった。なんでも8年ぶりなのだそうだが、まだ幼さが残る高校生からの8年では、印象はかなり代わっているに違いない。まして、美しく化粧をされていたら想像もつかないことさえありうるだろう。そこで彼女は思い出せない僕にヒントをくれた。そのヒントで大まかなことは思い出せたが、詳細はなかなか僕の頭の中のスクリーンには映し出されなかった。  彼女は、あるスポーツで県内有数の高等学校のキャプテンをしていた。国体、インターハイの常連校で、練習のハードさは、彼女を紹介してくれたある女性から聞いていた。その女性は元全日本の選手で帰岡後、母校で指導していたのだ。彼女の体調を漢方薬で世話した縁で、後輩達が体調不良になると顧問の先生が生徒を連れてきた。その中の1人が彼女だったのだ。小柄だったけれど、チームにはなくてはならない存在で、顧問の先生の真剣さが伝わってきていた。  当時僕の作った薬でとても元気になったことを思い出してくれて、相談に来てくれたのだ。大学時代も同じスポーツをしたらしいが社会人になってからは止めている。あの頃は鍛えられた筋肉質だったが、今はごく普通の色白でスリムで冷え性の女性になっていた。だから、僕が拘るこの3つを備えた現代女性特有の体調不良に陥っているのだ。職場では何とか踏ん張っているから「私が体調不良なんて誰も気が付かないだろう」と言っていた。嘗てもなかなか芯の強そうな生徒だったが、面影は残っていて、いい眼をしている。しかし、体育会系の性か、元気で快活を装ってしまうのだ。そもそも紹介してくれた元全日本の女性がそうだった。女優のように綺麗な人なのにいつも道化役を演じて雰囲気を盛り上げていたが、その後の反動でいつも苦しんでいた。まさか似たのではないだろうが、一線を退いてもなお頑張ってしまう性格は憎めないが痛々しい。  鍛えられた筋肉があっという間に脂肪に変わり、どこにでもいる女性と同じような身体になり、同じような不調を抱えることを興味深く聞かせてもらい観察させてもらった。制服か、ジャージ姿しか見なかった嘗ての戦う女学生は、おしゃれな服をまとい美しい女性に変身していた。こうして、嘗てのエリートも、ほとんどの人が「普通」に戻っていくのだ。元々、普通しか歩くことが出来ない人間は引け目を感じることはない。みんな帰ってくるのだから。 (男性も女性も生物的には、若さ故の美しさを誰もが持っている。この年になれば性別に関係なく若者達が全員美しく見える。その事を現役の若者に分かって欲しい)