親切

〇〇さんへ

 3年前の丁度今頃、来日したばかりの貴女方を連れて高松に行きましたね。その日に強烈に焼きついた光景を今でもはっきりと思い出せます。あれは高松からの帰り、フェリーのデッキでのことです。客室に貴女だけがいないことに気がついた僕は慌てて貴女を探しました。そして見つけたのが屋上デッキの手すりにもたれ遠くを眺めている貴女でした。この季節の海上は、まして船が動いているときは風を切りますからとても寒く、あなた以外誰もいませんでした。暫く僕は遠くからあなたを見ていましたが、そのうち貴女の足元に脱いでそろえられた靴を見つけました。外国ではどうか分かりませんが、日本では自殺する人がよくする象徴的な行為です。驚いた僕は、貴女のそばに行き、飛び込む貴女をつかめるように心の準備をしていました。今は随分と日本語の勉強をした貴女だからお父さんとかなりの意思疎通が出来ますが、当時は来日してすぐですから言葉は全く分かりません。それでも貴女が工夫して英語でお父さんに話しかけようとしました。お互いつたない英語で、貴女が景色を楽しんでいることを知りました。それまでは、遠く日本まで来て寂しかったのだろうと思っていましたが、それはお父さんの取り越し苦労でした。貴女はあの時既に瀬戸内海の美しさを感じていたのですね。
 あなたはとても日本語の勉強をよくしましたね。それも独学でそこまで上達したのだから大したものです。国で勉強の環境に恵まれなかったのを一所懸命挽回しているように見えました。いつからでも遅くないということを貴女は知っていてそれを実践したのだと思います。そうした姿は僕の心を打ちました。あなたが経験したいことを全て叶えてあげたかったけれど、どんどん仲間が増えて、色々な楽しみの確率が減ってしまいましたね。
 貴女が国で職業としていた技術でお父さんの体をとても熱心にそれも長い時間マッサージをしてくれて、どれだけお父さんは助かったでしょう。お父さんは仕事上常に緊張状態にありますから、首や腰が毎日辛いのです。貴女は、そっとお父さんの背後に近寄りおもむろにマッサージをしてくれました。あまりに上手だったのでお父さんも随分と甘えてしまいましたが、心の中では感謝の言葉を言い続けていました。あんなに幸せな体験を、それもあんなに沢山の時間お父さんに与えてくれてありがとう。家族からももらえない愛情です。
 お父さんが〇〇さんにしてあげた事の何倍もあなたは返してくれました。お父さんは貴女をはじめ皆がとても熱心に働くところを見るのが好きです。国に帰ったら日本よりもっと長時間働きます。あなたの家族や困っている人たちのためにもっともっと勉強をしてお役に立てるようになってください。貴女なら人の苦しみが分かります。それこそがあなたを作っているのです。
 いつか又、会えるかもしれません。もう2度と会えないかもしれません。でもお父さんはいつでも貴女を思いだせます。日本に来てくれてありがとう。3年間親切にしてくれてありがとう。もっともっと幸せに。さようなら、タンビー