肉体労働

 上から横板がスライドして降りて来て、そっと頭皮に触れる。たったそれだけで色々なデータが得られるのだからすごい。僕の薬局にも欲しいと思ったが恐らく手が出ないくらいの値段だろう。病院で、人間ドックのメニューの一つとして稼いでくれるのならまだ投資してもいいが、単なるサービスとしてでは高すぎるだろう。  最初は興味がなかったのでそのデータの受け取りも拒否しようとしたくらいなのだが、次の検査までに時間があったので目を通してみた。身長体重はもとより、筋肉量や脂肪の量、骨量や代謝のしやすさなど多くの項目があったが、なんと僕は実年齢が38歳なのだそうだ。喜ぶ前になんだか怪しく思えた。それはそうだろう、歯は抜け、髪は抜け、一抜け、間が抜け、底抜けで、抜けっぱなしなのにこの年齢とは。  もうずいぶん前に予約していたのに、今頃になった。本当は人間ドックなどしたくないのだが、病気が見つかったら喜べばいいと言われてその気になった。逆説的だが、医者はそう考えるのかと納得できる部分もある。次々とメニューどおりに検査は進行するが、外来と並行してこなしているから大変だろうと思った。  5人の外国人の若者が混雑している待合のソファーに腰掛けて順番を待っていた。見たところベトナム人だと思ったが、「ゴックさん」と順番を呼ばれていたからまさにベトナム人だろう。丁度昨夜息子が「ベトナム人が来たら大変なんよ、言葉がまったく通じないから」と言っていたのを思い出した。偶然僕の姪もそこで看護師として働いているので「おじちゃんに通訳してもらえばいいじゃないの」と息子に助言してくれたらしいが、息子は「そんなこと出来るもんか、10年近くベトナム人と一緒にいてありがとうとさようならしか分からないんだから」とそっけなく却下したらしい。でも、それは当たっている。一つ加えれば「行こう」も言えるのだけれど。  いったいどんな病気で、あるいは検診できているのか分からないが、僕がでしゃばる場面ではない。むしろ、今日の人間ドックで、どれだけ悪いところが見つかるのだろうとモチベーションが下がりぱなしだから、話しかける気力もなかった。経験上、身振り手振りの通訳は、肉体労働だと理解しているから。