民生委員

 女性の民生委員が訪ねて来て、緊急避難について調査しているので教えてくださいと言う。このあたりでその言葉が現実味を帯びるのは台風か。いやいや彼女らは南海沖地震を想定しているのかもしれない。過去、牛窓津波の被害があったとは聞いていないから、恐らく大丈夫だとは思うが、僕が子供の時に比べて少し島が低くなったような気がするから、安心はしておれない。予想以上の津波がやってくることもありうる。  民生委員は手に書類を持ち僕に質問をする。最初に聞かれたのは、住所だ。「今同居はされていないんですか?」さすがに田舎だ、施設に預けていることを知っている。「緊急の場合に連絡する電話番号を教えてもらえますか?」と次に聞かれた。僕は携帯電話を持っていないので薬局の番号を教えた。すると彼女は不思議そうな顔をして「やはり同居しているんですか?」とさっきとは逆のことを言う。「いや、もう3年位にはなりますよ」すると彼女は「あれ、最近帰ってこられたと聞いていたんですけれど」「いや、もう帰っては来れないでしょう。内臓は元気だけれど、頭がちょっと。僕の名前なんか分からないんですよ」  このあたりで彼女は気がついたみたいだ。「すいません、緊急避難できるかどうか調べているのは、先生なんです」えらく神妙な顔で謝ってくれたが、確かにこれは結構ショックだった。僕が災害時に避難できるかどうか、避難を責任を持って誘導してくれる人がいるかどうかを調べているらしい。母のことを調べているのではなかったのだ。「不愉快かもしれませんが、65歳以上が対象なんです」と教えてくれた。  2年くらい同居していた息子が出て行ったから、何となく話がかみ合っていた。心は二十歳、体は八十の僕が、まさか避難困難者かどうか確かめられるとは。嘗てと比べ出来ない事は高くジャンプすることと、懸垂と、早く走ること。どれも決して致命的とは思えないが、いざと言うときにはどれも要求されるのだろうか。今までは運よく大災害に遭遇することはなかったが、明日起こっても不思議ではないものに遭遇することなく人生を終えられるとは思っていない。