現象

 一昨日の夜の雲に驚いたのは僕だけではなかった。テニスコートから走って帰って妻に雲を見てもらうと、雲博士の妻もさすがに驚いていた。そして翌朝だれかれとなく喋っていると、一人の女性が空の異様な光景を見てやはり見入ってしまったと言っていた。だから少なくとも3人は見たのだ。僕が慌てて家に帰って妻に告げたのは、明らかな証拠を写真に摂っておいてほしかったからだ。何枚か写してもらったが、生まれてこの方カメラと言う物を持ったことがない僕は知らなかった、夜の空など写らないのだってことを。見てみると、モニターはまっくらだった。こうなれば言葉で説明するしかない。  真っ黒の画用紙を用意する。その上に筆に力を入れて太い線で白い直線の筋を書く。13本、ほとんど等間隔に描く。出来上がったのは、一定間隔に引かれた白い筋だ。実際の空では、ある白い線のところがひときわ明るくて、一瞬だけ月が見えた。星は一つもなかった。と言うことは、黒い部分が雲で白い線が雲の切れ間と言うことになる。晴れた空に雲が出ていると逆になる。13本の線が雲の切れ間だったのだ。空を南北に貫いていた。空は広いから南は四国、東は兵庫県まで延びていたのだろうか。テニスコートから見える空のほとんどを、そうした光景が覆っていた。  これがもし南海沖地震の予兆なら僕は特種を逃がしたことになるが、起こる前に言葉で説明したのだから一応証拠として残せた。もし実際に起これば大々的に宣伝し、起こらなければ何もなかったかのように肩身を狭くしておく。自然現象にいちいち意味をくっつけていたのでは楽しめないが、それにしても見たことがない現象だった。